エクソソームによって運ばれるマイクロRNAが、細胞間のコミュニケーションツールとして機能している、2007年に報じられたこのひとつのエクソソーム論文が世界中の研究者たちを驚愕させてからもう10年以上が経とうとしている。
細胞が本来備えているストレス応答機構に見られるように、生体に負荷される外部からの様々なシグナルは、細胞の形態変化といった単純な細胞応答のみならず、ゲノム・エピゲノム変動をベースにしたよりダイナミックな防御態勢の構築へと細胞を導く結果となる。近年、急速に研究が加速している細胞外小胞(EV:通称 ”エクソソーム”)もおそらくそうした細胞が必要とする応答機構の一つとして発達してきたと考えることができる。
特に「がん」を考えた場合、その初期の発生の過程から浸潤、転移と行った進展に至るまで、様々な形で周囲のがん微小環境を構成する細胞群からの監視と攻撃を受ける異端児の「がん」細胞にとっては、エクソソームという新たな武器を手に入れたことで、容易に相手の攻撃をかわすことが可能となり、がん細胞の生存にとってより有利な微小環境を整えることに成功したのである。まさにがんの転移において、エクソソームは要の役割を果たしている。
こうした診断・治療、創薬などの医学生物学分野におけるエクソソーム研究の重要性のみならず、記載されるのはエクソソーム研究の成果が生み出す社会実装である。それに最も近いのは再生医療分野での医療応用である。世界的に観ると、オープンになっているだけで100件以上の前臨床試験(動物疾患モデルでの検証実験)が既に走っている。
そして10件以上の臨床研究が米国、フランス、中国、日本、イランで行われており、その多くはヒトの間葉系幹細胞(骨髄、脂肪、臍帯由来)や植物に由来するエクソソームであり、対象疾患は「がん」、「慢性疾患」、「難治性疾患」、「心疾患」、「炎症性疾患」等が中心である。細胞治療を凌駕するセルフリーセラピーの代表としてエクソソームの有用性を示す多くのデータがこの数年間で急速に得られたことによるものと推測される。
次に期待されるエクソソーム研究が拓く新しい応用分野は、食品、化粧品分野である。フルーツや野菜に含まれるエクソソームあるいはエクソソーム様細胞外小胞はすでにその有用性が証明され(抗炎症作用等)、開発が進んでいる状況が世界中で広告されている。またエクソソームの持つ皮膚の老化に関するメカニズムを利用した化粧品が欧州大手化粧品メーカーで商品化される等、スキンケアに関する分野での需要も爆発的な広がりをみせている。現在、既に開発が進んでいるエクソソームの診断・治療分野での世界のエクソソームの市場規模は、分析期間(2020年~2027年)に18.4%のCAGRで成長する見通しだが、もしそこにこうした食品、化粧品分野での製品化競争が加わると、市場はもっと大きく伸びる可能性もある。
しかしその反面、エクソソーム研究の課題は山積みだ。現在、世界中の研究者が苦慮しているのは、エクソソームあるいはEVsの不均質性(heterogeneity)である。この課題をどう克服し、研究と応用化を進めるかは、エクソソーム製品の規格化を行う上では欠かせない課題である。そしてこの規格化を担うエクソソーム解析装置の技術開発も世界的な競争になっている。そしてセルフルーセラピーには欠かせない、数千リットルの大容量の培養液からエクソソームを高い純度で精製するシステムの構築だ。こうした各方面での技術革新がない限り、エクソソーム・セラピーによる未病社会の実現はあり得ない。
いまこそ多くの叡智を結集して、この古くて新しい細胞の持つ天然のデリバリーシステムを人類の幸福に生かせるように新たなシステムの構築が必要である。
一般社団法人 日本エクソソーム医療推進機構
代表理事 落谷孝広
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